るびりんブログ

鼻に風の当たる場所でなければ、頭がぼんやりしてしまって考えることができない。

塗り替える歴史=フラ、バリ、エル・コンドル・パサー

本来のフラダンスはずっとゆったりした動きの踊りであった。
本来のバリ島に観光客を喜ばせるような踊りはなかった。
フォルクローレとして有名なコンドルは飛んでいくは伝統的な音楽とは無縁であった。


これらとは少し違う事例になるが、
第二次世界大戦後に独立した国々は本来統一性を持たない地域に
無理やり作られたものであった。
そのため、政府は国民意識を作り上げる必要があった。
ここでもまた、意図的な歪曲や意味づけが加えらることで
国家の統一が進められていっている。



さて、私は、もともと存在しなかったものを
意図的に作り上げる歴史を数え上げてみたわけである。


では、私たち自身はどうであろうか。


私たちもまた書き換えられた歴史を伝統的なあり方として
受け入れてはいまいか。


たとえば、日本美術の特徴を示すという「わび・さび」。
事実を確認してみると、東北のシシオドリ、九州は悪石島のボセ、
祇園祭りの山笠など、わび・さびとは程遠い美が存在している。


たとえば、茶道。
事実を確認してみると、茶道はキリスト教の影響を強く受けて
成立していることがわかる。茶道が成立した時代を踏まえるならば、
茶道と西洋文明による日本侵略の意図は重なりあっているのかもしれない。


たとえば、寺と神社。
明治以降に宗教ではなく統治手段として国家神道が生み出されるまでは、
寺と神社に区別はなかった。寺は戸籍管理の役割も持っており、
つまりは行政の一端であった。神社と寺を分けることは日本の伝統に
反しているのだった。


たとえば、大和撫子。
本来の日本女性はおしとやかでもなければ、
男に従うだけの存在でもなかった。
古い映画の中の女性たちは、
ずけずけと物をいい、自己主張をしている。
そもそも、近代化以前の庶民生活の中で
女性の占める地位は従属的ではありえなかったのだ。


数え上げればきりがない。



つまるところ、言葉を使い間接情報を拡散する私たち人類は、
その気になりさえすれば
あまりに短い期間で「古来ゆかしい伝統」を
信じ込ませることのできる存在なのだ。



私が50年生きて得た教訓の一つは、
歴史の塗り替えなど50年もあれば
できてしまうということだった。
(そのために明治期と敗戦後は大量の資料が焼かれた)